本音と建前を使い分けることが出来ないと立派な大人になれない

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自分の感情に素直に生きることが一番の幸せ誰でもエゴを通せる社会が幸せな社会なんだ。

だけど、実際には、好き嫌いといった感情や欲望に身を任せて、好き勝手に生きているとバカだの、ガキだの言われ、人格そのものを否定されることになる。

大人になるということは「建前」を使いこなすことなんだ

納得できなくても、納得したフリをして生きるのが大人で、弱く繊細な本心を曝け出して、大怪我をするリスクを取る必要なんて微塵もない。

上手く生きていくためには、間違っていることに気付いても、理不尽だと思っても、指摘をしちゃダメなんだ。相手の気持ちを汲み取り、相手の欲望を満たし、感情を逆撫でしないことが大切で、自分と意見が違っても、表面上は相手に合わせる建前が必要なのだ。

周りの人を信じ、裏切られ傷つかないためにも、多くの人間は建前で生きているということを知っておいて欲しい。あなたが本音でぶつかっても相手は建前上、共感しているふりをしているだけで、あなたのことを信じてはいない。そして、隙あれば利用しようとしている。

汚い大人たに騙されないで欲しい。

建前とは

建前とは、相手のことを考え、感情を逆撫しない発言、相手の損得を考えた言葉や態度で、嘘や虚言とは違う。周りや相手から、期待されたり、求められたりする意見が建前で、のらりくらりと本音を語らず、どっちとも取れる態度や意見。

建前に必要なのは、相手の心情、感情、そして利害。その場の空気を読んで、偉い人、強い人が何を求めているかを探り、期待される意見を絞りだすことが大切なんだ。

本音は心の奥底にしまって、誰からも気づかれないようにひた隠し、建前という仮面を被り、誰にも刃向かわず、周りに合わせて生きる。それが大人の生き方であり、社会人としての常識なのだ。

なんか卑怯な気がするけど、思っているより大人の世界は汚くて、化かし合いや騙し合いが当たり前で、食うか、食われるかの世界。そんな世界で生き抜くためには、自分の本音本心は、ひた隠し、相手に騙されることなく、相手を騙し、利用しながら、したたかに生きるのが正解。

本音でぶつかると怪我をする

理不尽で、世知辛くて、信じたくはないんだけど、大人になると本音なんて必要なくて、建前だけで話すことが求められるんだ。本音で話すと「余計なことは言うな」とか「理屈は良い」なんて完膚なきまで叩かれてしまう。

発言について指摘されるのは、まだ良いほうで、しまいには「感情が顔に出ている」とか「分かりやすい性格」「単純」なんて、会話に関係ない人格まで否定されるのが現実世界。

意見を求められ、自分の本音をさらけ出し、絞り出した本音を全否定されるとそれまでの人生、人間としての価値を否定されたように感じてしまう。わざわざ、集中砲火を受けてまで自分の意見を押し通す自信がある強く、たくましい人間は多くない。

本音を晒し、全否定をされても、凹まない人間は、知能が著しく足りないか、サイコパスのどちらかでしかなく、多くの人は、自分の価値観、人生を否定され凹み、奈落の底に引きずり込まれる。だから建前を使いこなし、自分を守るのだ。

立派な大人に求められるのは建前

本来は、自分の感情に素直に生きることが一番の幸せで、誰でもエゴを通せる社会が幸せな社会なんだけど、そんな生き方ができるのは一部の特権階級の人だけであり、多くの人は本音をひた隠し、建前で生きる必要がある

特に社会に出ると仲良しこよしの学生時代とは違い、お互いの利害が生まれ、利害が一致すれば嫌いな人間とでも手を組み、利害が一致しなければ、良い人、正しい人とも敵対する。自分の利益を守るためなら、相手を落とし入れる魑魅魍魎が蠢くのが大人の世界で、社会に出たら汚くズルい人間から、自分を守らなければ誰も助けてはくれない

社会に出てから、学生気分で呑気に本音を晒しても、価値観や考え方が違う人間ばかりで共感を得ることは少なくない。だから、裏切りや騙し合い、化かし合いが横行するのが大人の世界で「濃ゆくて堅い信頼関係を築くために本音で語ろう」なんて優しい言葉をかけられても、建前上の話なので信じてはいけない。自分を守るためにも、建前を使いこなし、距離を取りながら生活をするのが正解なのだ。

本音をひた隠し、周りの顔色を伺いながら、誰にでも受け入れられるような凡庸な発言だけをする必要があるのだ。

自己主張なんて、もってのほかで、慎ましくひっそりと生きるのが大人として世間に求められる生き方なんだ。

周りの人との関係を遮断して、ひとりで生きていけるほど、強く逞しいなら、建前なんて必要なくて、自分が正しいと信じた道を突き進めばいい。でも現実的には、誰とも関係を持たずに生きていくことは困難極まりなくて、建前を使って周りの人と上手くやっていく必要があるのだ。

本音なんて必要ない

大人になり、社会に出たら、建前だけで生きていれば良いんだ。間違っても、本音を晒したり、自分語りなんてしてはいけない。寂しい世の中だけど、それが現実。

社会で上手く生きて行くためには、本音を封印して、建前で使いこなし、誰からも目をつけられないようにひっそりと生きることが求められる。納得できないことでも、納得したふりをして、聞き分けの良い大人にならないと生きて行けない。

特に日本の社会は、みんなで空気を読んで、その場にあった建前を話すことで平和な社会が成り立っているんだ。言いたいことを我慢して、社会の歯車として、必要最低限のことだけをするのが大人で、本音を語って目立つ必要なんてなくて、今あるルールから外れないように建前で生きて行けばいい。

自分だけが我慢すれば、社会は上手く回る。結局、弱い人間は、社会と折り合いをつけるために本音で話して余計な摩擦を生むことより、その他大勢になって空気を読みながら、建前でニコニコしているのが一番安全で健全な生き方なのだ。

本音と建前の狭間で生きる

本当は、本音で付き合えるような関係が築きたいんだけど、大人になるとお互いの感情と利害を守るために建前で付き合うことが求められる。

本音とは「相手のことを考え、感情を逆撫しない発言、相手の損得を考えた発言

納得はしないけど、それが「社会のルール」で、結局、誰も「本音」なんて聞きたくないし、本音をむき出しにして生きると社会との折り合いをつけられなくて悩んでしまう。

自分が望まないことでも、それを肯定することで、結果が良くなるなら妥協するしかない。

自分の欲望や感情に素直に生きたいと思っていても、周りは建前で空返事をしていることを忘れてはいけない。建前や社交辞令を信じて裏切られるのが関の山なんだ。

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