格差が広がり、制限された枠の中で悶々と生きる僕たちは、封建的な江戸時代の町人の生活から学ぶ必要があるのではないか・・・。
東京の下町を歩いていると、現代の賑やかな雰囲気の中に、不思議と江戸時代の喧騒が聞こえてくる錯覚に捕らわれる時があります。まるで、映画やドラマで観た魚河岸での威勢のよい掛け声、商家の暖簾をくぐる人々の足音が、今も空気の中に残っているかのように感じます。
ふと、ひとつの疑問が浮かびました。武士が支配者として君臨した江戸時代、実際の経済を支配していたのは、士農工商という封建社会で身分の低かった町人たちだったのではないでしょうか。同時に、町人こそが江戸という都市の遊興の文化を支え、育んでいた立役者だったのではないでしょうか・・・つまり、当時の町人は、虐げられた身分ながらも、人生を楽しんでいたのではないでしょうか。
確かに、表向きは身分制度という厳格な枠がありました。やはり、侍は身分が高く、町人はその前で頭を下げねばなりませんでした。でも、実態はどうだったのでしょうか。
例えば、ある大店は、歌舞伎役者への贈り物もしていたそうです。新作の上演に際して、衣装一式を調え、贈っていました。これは決して小さな出費ではありません。にもかかわらず、そうした出費を惜しまなかったのは、おそらく、江戸の商人にとってそれは単なる見栄や贅沢ではなく、人生における重要な「遊び」の一部だったからなのです。
私がここで言う「遊び」とは、単なる気晴らしや無駄な時間潰しのことではありません。それは、人生に彩りを添え、心に潤いをもたらす、極めて本質的な営みのことです。江戸の町人たちは、この「遊び」を実に巧みに生活の中に織り込んでいたのです。
例えば、歌舞伎もそのひとつです。芝居町では、朝から晩まで芝居が打たれ、大勢の観客で賑わっていました。興味深いのは、観客たちが単に受動的に演目を楽しむだけではなかったことです。彼らは役者の一挙手一投足に注目し、その芸風を評価し、時には茶屋で役者と語らいさえしていました。これは極めて能動的な「遊び」の形態です。
浮世絵も同じです。版元は次々と新作を出版し、町人たちはそれを買い求めては品評していました。摺り物の技法や色彩の妙を論じ、題材の面白さを競っていました。それは単なる絵画の収集に留まらず、一種の文化的な「遊び」となっていたのです。
俳句に至っては、まさに「遊び」の極致でした。商人たちは店の奥座敷に集まり、趣向を凝らした句会を催していました。その場では、身分の上下は関係なく、ただ句の出来栄えだけが問われました。時には武士も交えて、言葉の機知を競い合いました。これぞまさに、遊びの中に見出された自由の境地ではなかったでしょうか。
大橋から眺める隅田川の納涼船も、町人たちの「遊び」の格好の場でした。船の上では三味線の音が響き、粋な男女が歌を交わしました。夏の暑さを紛らわすこの風習も、やがて江戸の風物詩として定着していきました。
さらには相撲興行です。両国の土俵では、力士たちが熱戦を繰り広げ、観客は沸き返りました。ここでも町人たちは単なる観客以上の存在でした。彼らは好みの力士に贔屓をつけ、時には相撲部屋の運営さえも支えました。これもまた、彼らの「遊び」の一つの形でした。
茶の湯もまた特筆すべき「遊び」です。本来は武家の文化であったものを、町人たちは独自の解釈で発展させました。彼らは茶室という限られた空間の中で、価値観を共有し、心を通わせました。そこには、身分制度を超えた新しい人間関係が生まれていたのです。
吉原という特殊な空間も、町人たちの「遊び」の世界として見逃せません。遊女たちが洗練された言葉で客をもてなしたという記録があります。そこでは、身分の上下を超えて、言葉の機知が競われました。ある意味で、それは最も純粋な形での人間的な交わりだったのかもしれません。
僕は、こうした様々な「遊び」の形態を見るにつけ、江戸の町人たちの創造性の豊かさに驚かされます。彼らは、与えられた制約の中で、実に多様な楽しみ方を見出していきました。それは決して、単なる気晴らしではありませんでした。そこには、人生を豊かにしようとする積極的な意志が感じられるのです。
それは現代に生きる僕たちにも、重要なヒントになります。どのような状況にあっても、人は自分なりの「遊び」を見出すことができ、その「遊び」は、時として人生の本質的な部分となり得るということです。
おそらく、「遊び」とは人間にとって、単なる余暇活動以上の意味を持つものなのでしょう。それは、日常の制約から一時的に解放され、新たな可能性を見出す機会なのかもしれません。江戸の町人たちは、そのことを体現して見せてくれていたのです。
武士という上位の身分ではない町人でさえ、これほどまでに人生を楽しみ、文化を育んでいたのです。ならば現代に生きる僕たちにも、きっと人生を謳歌する術があるはずです。それは、江戸の町人たちが教えてくれた、最も大切な教訓なのかもしれません。
格差社会の世の中、置かれている立場を嘆くのではなく、制限されたルールの中で遊びを見つけ、人生を楽しみましょう。少なくとも僕は、そんな生き方の方が幸せだと思います。
(了)
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