お金は必要ないなんて妄言を信じてはいけない

未分類
スポンサーリンク

お金より大切なモノはたくさんある

半分は正しくて半分は間違い。いや半分以上は間違っている。お金って大事なんだ。

「お金より愛が必要だ」というのはお金に余裕がある人間の発言であって、凡人がそんな妄想を信じて、稼がなくても良いなんて思っていると幸せにはなれない

資本主義、自由市場経済においてお金は正義であり、名声であり、権力なんだ。お金より大切なものはあるけど、お金がなければ、正義も名声も権力も手に入らない

名声も権力がなければ、いくら正論、正しいことを言っても誰も聞く耳を持ってくれない。幸せになるためには、お金を稼ぐ能力は絶対に必要なのだ。

お金があれば間違っていることでも正義になるのが自由経済社会であって、お金がない人間がいくら「お金がなくても幸せ」なんて御託を並べても僻みしにか聞こえず、誰も相手にしてくれない。

お金なんてなくても幸せになれるなんて妄言を信じて、安い給料で働かされ、小さな幸せで満足していると、他人の欲望やエゴを叶えるために生きることになってしまう。

幸せを手に入れるためには、お金が必要なんだ

お金で幸せは買えない

「お金で幸せは買えない」なんてことはなくて、大抵のものはお金があれば手に入るのが自由市場経済なんだ。

お金がなくても幸せを味わうことは出来るけど、お金を使って味わう幸せの方がサイズ、密度、満足度、全てにおいて勝り、お金がないと経験できないことの方が多く、豊かで幸せな人生を味わうことができる。

こんな話をすると「貧乏でも幸せだ」とか「お金だけが人生ではない」なんて反論をしてくる人が必ずいるんけど、そんな人でも内心はお金がないことを悔やみ「給料が安い」とか「もっと稼ぎたい」と思っているのだ。

お金は必要ないという妄言の原因

見栄えがする眉目秀麗な容姿がない人は「人間は外見ではなく、中身が大事だ」というし、お金がなく、稼ぐ能力がない人は「お金以外にも大切なものはたくさんある」なんて、劣っている自分を庇護するための御託を並べ、同じ境遇の人たちで傷を舐め合い、慰め合っている。

そんなコミュニティは居心地が良く、贅沢という同じ敵を相手にしているので結束力も強い。そして、そんなぬるま湯に浸かってのんびりしていると周りから利用され、搾取されていても気づかず、貧乏から抜け出せず、慎ましく健気に生きることになる。

贅沢は敵ではなく、贅沢をするためにお金を稼ぐことが必要なのに贅沢をすることを諦め、惨めな自分を慰めるために「お金は必要ない」と見栄を張り、お金がなくても楽しめるように努力をしてしまうのだ。

資本主義社会、自由経済社会では、お金の格差は教育の格差になり、お金を稼げないと稼ぐための教育も受けられず、底辺から抜け出せず苦労を重ねることになり、希望を持てず、自暴自棄になってしまう。そして多くの人が憧れる成功者とは、たくさんのお金を稼ぐ人であって、お金があるからサイズ、密度、質が高い幸せを手に入れることが出来るのだ

「お金で幸せでは買えない」という妄言を信じ、最低限の生活が出来るお金があれば十分だなんて勘違いをしている人間は傲慢で自己資産を増やそうとする人間からこき使われ、搾取され、心身共に壊してしまう。

自由経済社会で生きていくためには「お金は必要ない」なんてことはなくて、生き抜くためにはお金を稼がなければならないのだ。

お金が必要な理由

自由経済社会とは人間が利己的に行動をするという前提条件があって誰も稼ごうと思わないのであれば自由経済社会というシステムは破綻をしてしまう。誰かの欲望を満たし、対価として金銭を受け取るのが自由経済社会であってお金がなくても幸せだと思う人間が多ければ、誰も働かず、満たされない欲望だけが残り、弱肉強食でチカラがある人間だけが生き残る殺伐とした世の中になってしまう。弱い人間が生き残るためにもお金を稼ぐという行為は必要なのだ

「お金がなくても愛があれば幸せだ」とか「工夫次第で幸せなんていくらでもある」なんていうのは、金銭的に余裕がある人であって一般の凡人が信じてはいけない

自給自足での生活ができる逞しい人間でない限り、お金がなければ生きていくことも出来ず、大きな愛で包まれていても、お金がなければご飯も食べられず、いくら正論をかざしていてもヒーローにはなれず「キチガイ」だの「変人」というレッテルを貼られ、幸せどころか普通の生活も出来ず、人間としても認めてもらえない。

欲しいものを買うとか、美味しいものを食べるとか贅沢をするためにお金が必要なのではなく、自由経済社会ではお金は権力であり、名声であり、正義なのだ。もちろん贅沢をするためにもお金が必要で「いい車に乗りたい」とか「いい異性と遊びたい」とか「美味しいご飯を食べたい」という欲望を満たすために多くのお金を稼ぐ必要がある。

他人に無償の愛を提供するためには、自らに余裕がなければならず、その余裕というのは時間的、経済的な余裕であって、ボランティアをするにも子育てをするにもお金と心の余裕が必要で、お金がなければ自分の生活で精一杯で他人のことなど構ってはいられない。

あなたの正義を認めてもらうためにはお金が必要で、お金がなければ発言権も与えられないのが現代社会で、そんな現代社会に対して文句があるなら、まずはお金を稼ぎ、権力と名声を手に入れる必要があるのだ。

「お金なんて必要ない」なんてことはなくて、有り余るお金を手に入れるまではガムシャラに稼ぐ必要がある。「お金より愛が必要だ」というのはお金に余裕がある人間の発言であって、凡人がそんな妄想を信じて、稼がなくても良いなんて思っていると幸せにはなれないのが自由経済社会なのだ。

未分類

最後までお読みくださりありがとうございます。
この記事が気に入っていただけたらシェアしてくれると嬉しいです。

スポンサーリンク
ひらめをフォローする
シリスタ(別館)

コメント

タイトルとURLをコピーしました